健康・スポーツ科学部 お知らせ
【LinkREPORTS】武庫川学院 80周年記念プレイベントⅥ 座談会「オリンピアンたち」
武庫川学院創立80周年記念プレイベントⅥ 座談会「オリンピアンたち」が、2019年11月17日に行われました。その時のレポートです。
(この日参加いただいたオリンピアン7名は、すべて、健康・スポーツ科学科の前身である文学部教育学科体育専攻および武庫川女子短期大学体育科の卒業生です。)
武庫川女子大学にはいくつもの顔がある。「スポーツに強い武庫女」もその一つだ。
2018年11月17日。武庫川学院出身のオリンピアン、オリンピックゆかりの卒業生7名と大河原量学院長、瀬口和義学長による座談会「オリンピアンたち」がメディアホールで開催された。武庫川学院創立80周年記念プレイベント 卒業生座談会シリーズの第6弾。そこで語られたのは涙と笑いのオリンピック物語だ。2020年の東京オリンピックをめざす運動部の現役学生ら300人が観覧し、会場は熱気に包まれた。
メキシコ、ミュンヘン、モントリオールのオリンピック3大会(水泳)に出場した村山よしみさんを筆頭に、同じく水泳でモントリオール五輪に出場した田嶋恭江さん(現健康・スポーツ科学部教授)、春岡杜史子さん。体操競技では、世界体操選手権大会(ドルトムント)団体3位の小沼博子さん、ロサンゼルス五輪出場の黒坂文美さん。カヌーからアトランタ五輪の東野麻子さん、アテネ、北京の五輪2大会に出場した金村祐美子さんが登壇した。
あまり知られていないが、武庫川女子大学は延べ15名のオリンピアンを輩出している。オリンピック出場が卒業後だったり、在学中であっても、所属するスポーツクラブから出場したりすると、「オリンピック」と「武庫川女子大学」が結びつきにくいが、1964年の東京五輪以前から「アスリート養成に理解のある大学」として定評があった。
最初にオリンピックに王手をかけたのは小沼さんだ。豊岡市出身。当時、体操部を率いていた行森光教授にスカウトされ、高校から武庫川学院に進んだ。東京オリンピックの年に、高校3年でインターハイ個人総合優勝を果たし、オリンピックの聖火ランナーに選ばれて兵庫県庁周辺を走った。この快挙を喜んだ校祖・公江喜市郎学院長が、東京五輪終了後、本学に体操のメダリストを招き、「アフターオリンピック」を開催。小沼さんが本物さながらに聖火を掲げて浜甲子園キャンパスのグラウンドを一周し、公江学院長に手渡した。
小沼さんは1965年、ナショナルチーム入りを果たし、武庫川女子大学時代に世界体操選手権大会団体3位の快挙に貢献して、メキシコ五輪は確実とみられた。ところが、大学3年でひざのじん帯を切るアクシデントに見舞われ、遅れを取り戻そうと無理をした結果、病気に倒れ、メキシコ五輪の切符を逃した。見舞いに来た公江学院長が「もうオリンピックのことは考えなくていいからな」とねぎらってくれたのが、苦い思い出として、今も胸に残っている。
卒業後は審判として活躍し、現在も体操指導を続ける小沼さん。「オリンピックに出るってすごいことです。トップアスリートが死ぬ気でやっても、予選の日に調子を合わせられなければだめ、しかも4年に1回しかチャンスがない。頑張ってもなし得ないことがあるが、経験したことは、10年、20年後にすべて身について生きてきます」と話した。
小沼さんが出られなかったメキシコ五輪に、水泳で出場したのが、武庫川女子短期大学卒の村山さんだ。東京五輪をテレビで見て、オリンピックにあこがれたという村山さんはヤマダスイミングクラブ(当時)にスカウトされ、選手として急成長。15歳でメキシコオリンピック、19歳でミュンヘンオリンピックに出場後、イトマンスイミングスクールに移籍して、23歳でモントリオールオリンピックに出場した。
モントリオール五輪では、村山さんのほか、同じく水泳で当時、武庫川高校2年生だった田嶋さん、春岡さんが同じ400mメドレーに出場し、7位の成績を収めた。3人とも、小学生のころから才能を見出されたエリートアスリートだが、オリンピック出場までの道は壮絶だ。村山さんは、なかなか泳法を絞り切れなかった苦労を語り、「どの種目も負けたくない、と頑張ってきた結果、個人メドレーで日本記録を連発するに至った」。春岡さんは、両親の期待を背負って九州から武庫川高校に進学。体を壊して医師から「命をとるか、水泳をとるか」と迫られたとき、両親が「水泳をとる」と言い切った真剣さに打たれ、逆に吹っ切れたという。田嶋さんと二人で深夜まで練習を続け、「絶対オリンピックに行こう」と誓い合ったことを、声を詰まらせながら振り返った。
14歳でオリンピックに出場した黒坂さんは、行森教授の長女。小学生のころから武庫川女子大学の体育館で練習を積み、三井正也コーチ(現 健康・スポーツ科学部教授)の指導のもと、ロサンゼルスオリンピックに出場した。「明確な自覚もなく、周囲のコーチや先生方に連れて行ってもらったオリンピックだった」と振り返る。
近年目立つのはカヌーの躍進だ。現在も全日本インカレ7連覇中のカヌー部は、東野さん、金村さんをはじめ、多くのオリンピアンを輩出している。
物心つく頃から競争にさらされる体操や水泳と違い、大学から始めてオリンピックをめざせる競技だ。アトランタ五輪に出場した東野さんは、「大学時代、目指していたインカレ総合優勝が台風の影響で流れ、卒業後のアジア大会でも、藻がカヌーの先端にひっかかるアクシデントがあって、結果に納得がいかず、やめられなかった。気が付けば、アトランタオリンピックが目の前にあった」、金村さんは「強いカヌー部を受け継ぎ、新しいチームを作り上げる心構えを先輩たちから教えられた。目の前のチャンスを乗り越えるうち、オリンピックに至った」と言う。
大河原学院長は「公江先生はオリンピック選手を育てようとしたわけではなく、学生生徒がみんなスポーツに親しんで、健康で有為な社会人になるように、という思いがあったのでしょう」と言う。強化クラブを設定して、プロコーチを招聘するなど、トップアスリート育成に本腰を入れる現在も、「文武両道」は、武庫川女子大学の基本方針だ。2017年2月にスポーツセンターを開設し、アスリートが競技のために学びの機会をそがれないよう、サポート体制を整えている。この取り組みは、スポーツ庁による2018年度の大学スポーツ振興事業の対象に選ばれた。座談会ではこうしたサポートが学院の伝統であることも話題にのぼった。
田嶋さんは「中高時代は遠征等で授業を休むと、先生が補習をしてくれた。友達もノートをとってくれて、学院を挙げての応援を感じた」、小沼さんは「田舎から出てきた私たちのために、当時の事務局長(荻野八郎氏)が、自宅を体操部の寮として提供してくださった」と振り返った。
詳細は、大学ホームページ/武庫川学院 創立80周年記念サイト/記念事業紹介/80周年記念プレイベント「座談会」/2018/11/17Ⅵオリンピアンたち をご覧ください。
http://www.edusys.jp/mukogawa-u/koho/topics_80th/topics_news.html?_ga=2.229029148.1898284053.1564113292-1143728480.1564113292#t1547689414
また、CAMPUS GUIDE2020 P.018~019 巻頭特集♯01として掲載しております。
https://www.edusys.jp/mukogawa-u/digitalbook/campusguide2020/?_ga=2.199070127.1898284053.1564113292-1143728480.1564113292#target/page_no=21
なお、写真は、大学ホームページからです。

