健康・スポーツ科学部 お知らせ
【特集インタビュー】 この4年間、すべてはATになるために 日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー資格試験 現役合格
健康・スポーツ科学科・保科永美さんの挑戦
2025年3月、武庫川女子大学 健康・スポーツ科学科を卒業した保科永美さん。彼女は、在学中に日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT)資格試験に挑み、筆記・実技ともに現役合格を果たしました。この快挙は、競技活動と学業を両立しながら、高い目標に向かって努力を重ねてきた4年間の証でもあります。
アスレティックトレーナー(AT)を志した理由、学びへの姿勢、実技試験直前の葛藤、そして支えてくれた人たちへの感謝——。その歩みと想いを伺いました。
「自分と同じ苦しさを、減らしたい」
― ATを目指した原点と強い情熱
保科さんがアスレティックトレーナーを目指した理由は明確でした。きっかけは、自身のサッカーやフットサル経験の中で繰り返し見てきた「怪我」でした。
「フットサルが大好きでしたが、自分も何度か怪我で苦しみましたし、仲間がピッチに戻れず悔しい思いをしている姿もたくさん見てきました。『なんでこんなに怪我するのか』『どうやったら治るのか』という疑問がずっとあって…。同じような辛さを抱えている人たちを、少しでも支えられる存在になりたいと思うようになりました」
“怪我をする側”から“支える側”へ。その思いは、彼女の進路選択にも一貫して現れていました。関西でAT資格を取得できる大学であること、そして全国レベルで活躍する女子フットサルクラブ「ARCO 神戸」で活動できること。その両方を叶える環境が武庫川女子大学にあったことが、進学の決め手となりました。
「授業は、すべてATにつながっていた」
― オンラインでも揺るがなかった初志と学びの姿勢
大学生活のスタートは、コロナ禍によるオンライン授業。思い描いていたキャンパスライフとは異なる状況でしたが、彼女のモチベーションは高く、学びの質を落とすことはありませんでした。
「入学直後から、“この4年間でATを取る”というゴールが頭にありました。だから1年生のときから、授業を『試験のための準備』として逆算して捉えていました。機能解剖や運動生理、障害・外傷のメカニズムなど、すべてがATに直結すると感じていて、聞き逃せない授業ばかりでした」
教科書や資料を読み込みATになるための知識を積み重ねていく日々。目標が明確だったからこそ、学びに対する姿勢が一貫していたといいます。
「これだけは、今しかできないと決めた」
― 筆記試験対策と、その先にある葛藤
3年次からは、対面授業とAT対策の実践的な学びが本格化。過去問を解いてみて初めて、「このままでは到底間に合わない」と実感しました。
「今までの“知っているつもり”が、実際には“解けない”という現実に突きつけられて…。過去問で合格点に届かない自分に焦りを感じました」
4年生の夏、彼女はある決断をします。フットサルの活動を一時休止し、筆記試験対策に集中するという選択でした。1日5時間以上、毎日机に向かい、過去5年分の問題を3周以上。間違えた問題はすべて教科書に立ち返り、正解と不正解の理由を一つ一つ確認しました。
「“やれるだけやって落ちたら仕方ない”って言えるように、全部やり切ろうと決めていました。何の後悔も残さないように」
筆記試験の合格通知を手にしたとき、喜び以上にあったのは「次は実技…どうするか」という葛藤でした。
「一歩踏み出すか、先送りするか」
― 実技試験受験を決めた“覚悟”と直後の負傷
筆記試験の合格後、次に控える実技試験。その受験を対策して半年先に延ばすか、残りわずかな冬休み期間に全力で取り組むか——悩みに悩んだ末、彼女は後者を選びました。
「“今が一番、ATにむけて集中できる時期”だと思ったんです。社会人になると、時間の制約や環境の変化でモチベーションが保てなくなるかもしれない。学生時代は自分のために時間を全振りできる時期。自分の目標を叶える4年間として過ごしたはず。だからこそ、“今やる”と決めました」
しかしその矢先、復帰していたフットサルの練習中のアクシデントで負傷。年明けすぐに手術と入院が必要となり、実技試験に向けた準備はゼロからの再スタートとなりました。
「最初は“すぐ戻れるだろう”と楽観していたのですが、現実は違いました。生活そのものが制限され、正直絶望しました」
そんな彼女を救ったのは、入院先で出会ったリハビリ担当のAT保持者の先生でした。リハビリを受けながら、自らの怪我と向き合い、指導動画や試験資料をひたすら視聴・書き起こしする日々。退院後、試験まで残された時間はわずか3週間でした。
「支えてくれる人が、必ずいる」
― 仲間、先生、家族への感謝と実技試験本番
保科さんは大学に戻ると、教員や友人の協力を得て、実技練習に集中的に取り組みます。
「“時間がないから無理”ではなく、“時間がないからこそやるしかない”と思って取り組みました。先生方が時間を割いて指導してくださったこと、仲間が、モデルや練習相手として協力してくれたことには、本当に感謝しています」
さらに、地元を離れて一人暮らしをしながら頑張る保科さんを、4年間ずっと見守り、遠くから応援し続けてくれた家族の存在も大きな支えとなりました。
「離れていても、いつも気にかけてくれて、支えてくれていた家族にも、本当に感謝しています」
試験本番では、思わぬ失敗や想定外の課題もありました。
「最初の失敗で逆に緊張が解けたんです。“ここから全部やりきろう”と気持ちを切り替えられたのが大きかったですね」
そして、見事実技試験の合格通知を手にしたのです。
「自分にしかできない形で、アスリートを支えたい」
― トレーナーとしての今とこれから
現在、保科さんは治療院で働きながら、女子サッカーやフットサルチームへの帯同を目指し、準備を進めています。
「関西ではまだ女性ATが少なく、女性アスリートが安心して相談できる環境が十分とは言えません。だからこそ、私自身がその一人として現場に立ちたいと思っています」
将来的には、地域の女子チームのサポートを通じて、「女性アスリートがもっと自由にプレーできる環境づくり」に貢献していきたいと語ります。
武庫川女子大学で得た「人生の礎」
― 「支えてくれる人がいたから、ここまで来られた」
「大学で出会った先生方、仲間、実習でお世話になったチームのトレーナーや病院でお世話になったトレーナーの皆さん…多くの方々の支えがあったからこそ、今の自分があります」
「特に大学の先生は、私の状況をきちんと聞いた上で、“どうすれば合格できるか”その最善の方策を常に一緒に考えてくれました。先生と出会えたことは大きく、自分ひとりでは絶対にできなかった。武庫川女子大学で学べて本当に良かったと思います」
後輩たちへ
― 「できるかできないかは、やってから決めてほしい」
最後に、これからATを目指す後輩たちへ、率直なメッセージをいただきました。
「今の自分の状況だけで“無理”と決めつけないでほしい。私は“努力すれば結果が出る”という実感を、これまでの経験で持てていました。だからこそ、“そこまでやったうえで判断しよう”と思ってやりきれたんだと思います」
「AT資格は簡単なものではないけれど、最初から“やる”と決めて、4年間コツコツ積み上げていけば、現役合格も決して夢ではありません。自分の目標に正直に、諦めずに進んでください」
教員より
― “本気の姿勢”が導いた合格
「“できるか”ではなく、“やりきるか”」
保科さんの挑戦は、この言葉に尽きるかもしれません。ATという難関資格に挑む中で、最初から最後までブレずに努力を積み重ねた4年間。その姿勢は、後輩たちにとって大きな指標になるでしょう。

