「先生の研究力―武庫川学篇③」歴史文化学科 河野未央准教授(日本近世史) #尼いも #尼崎藩 #環境史
2026/10/30
現在でも、尼崎の郷土野菜「尼いも(サツマイモ)」は、潮風にさらされた土の中で育つと甘くなるのか。歴史学では、解明が難しい部分を自然科学の先生と組んで追究したい。「それぞれに足場を持つ先生が、武庫川の流れのようにつながっていけたらいい」と武庫川学への期待を語る。
河野准教授の専門は、日本近世史。江戸時代、現在の尼崎市西南部の地を埋め立て、「道意(どい)新田」が造営された。当時の尼崎藩主に重用された針医者、中野道意が地名の由来である。
その新田で江戸時代から栽培されたのが綿と尼いもだった。綿は、耐塩性があり、海辺の塩分を含んだ土地でも良く育つ。一方で、サツマイモの耐塩性は綿の10分の1ほど。それでも、道意新田で栽培されていたことには、別の理由がありそうだ。
他の産地より早く8月に収穫されたという尼いもは、京都の料亭などへ出荷された高級食材だった。とても甘くて美味しかったと伝わる。鳴門金時の産地で、土地の方から「潮風にさらされた土に包まれると甘くなる」という話を聞いた。尼いもも、同様の聞き取り記録を眼にしたことがある。同じ環境下であれば、尼いもは当時の味を再現できるのだろうか?
道意新田では、尼いもの苗を作るときに、武庫川河口で採れる「白くてサラサラした砂」が使われた。野菜栽培に適するという水はけのよい砂と考えられるが、実際の土壌の成分構成はどのようなものだったのだろう?
「武庫川河口の砂がどんな成分だったのか、道意新田の土がどんなものだったのか。昔から語り継がれてきたことに自然科学的な知見が加われば、より科学的に確かな実証となるのではないか」。
尼いもは、1950年のジェーン台風の高潮被害を受け、工業化が進む中で途絶えたが、1990年代に有志による復活プロジェクトが始まり、現在も尼いもの茎の佃煮などが土産物として販売されている。地元の貴布禰神社では、毎年、「尼いも」奉納祭が営まれ、「尼いもの歴史」に触れた祝詞が奏上され、儀礼とともに歴史が語り継がれている。自身の研究も、他学部の先生と交わることで、尼いものように多方面に展開していきたいと考えている。「歴史学で指摘されてきた事実を、様々な自然科学の視点から検証するとどのように広がっていくのかが知りたいんです」と意気込む。




