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日本兵が戦地から出し、米国で保管されていた絵ハガキを、本学の学生が日本に持ち帰り、64年ぶりに“配達”。NHKで全国放映されるなど、マスコミで大きく報道されました。

2007/10/20

 日本兵が戦地から出し、米国で保管されていた絵ハガキを、本大学英語文化学科2年の児嶋佑子さん(20)カが10月19日午後、受取人の永野静雄氏(80)(高知県長岡郡在住)にお渡ししました。絵ハガキは=写真=南海の戦地から長崎、アメリカ本土、ハワイを転々とする数奇な運命をたどり、64年ぶりに受取人に配達されたことになります。

 児嶋さんは本大学附属高校3年生だった05年10月、交換留学生としてハワイのシーベリーホール校に留学しました。留学先で知り合いになった裁縫の先生ショーン・キングさんから「夫(ビル・シューク)の父(ロバート・ウィリアム・シューク)が日本から持ち帰った絵ハガキを受取人に返してほしい」と頼まれ、2通の絵ハガキを託されました。帰国後、児嶋さんや附属高校の上田武久校長、岩本裕二教諭らは住所を頼りに探しましたが、見つからず、厚生労働省に「遺留調査」をお願いしていたところ、このほど、受取人が判明しました。

 判明した1枚はビルマ戦線に派遣された山下信近氏が1943年に職場の後輩の永野さんに出したもので、佐世保までは届きましたが、なぜか永野さんには配達されませんでした。戦後に進駐軍として長崎に来たロバートさんが民家で偶然に見つけ、アメリカ・アリゾナ州に持ち帰りました。25年前にロバートさんが亡くなった後、息子のビルさんが絵ハガキを引き継ぎ、ハワイ・マウイ島に移住してからショーン・キングさんと結婚、その後は夫婦が保管していました。 

 絵ハガキの表面には「検閲済」の印が押され、上半分は宛名書きと差出人名。下半分には「永野君長い間御無沙汰致しました 其の後永野君御元気で銃後におっての第一戦で働いて居る事でしょう 僕も御蔭で日夜国務に精励致して居ります故御休心下さい 内地の方はまだ寒い事でしよね 此ちらわ内地の七八月頃の季候です 朝夕は(3文字解読不明)新しい所です 柿本皆様に宜しく御伝へください  18.2.16」と書かれていました。

 山下さんは、このハガキを出した翌19年11月、ビルマで戦病死されました。23歳でした。

 この日午後、本学建築学科キャンパス「甲子園会館」で、児嶋さんが永野さんに絵ハガキを手渡しました。永野さんは「まさか、こんな形で(山下さんと)会えるなんて、想像もしていませんでした。夢のようです。貴女(児嶋さん)は神様の使者のようです」と相好を崩され、児嶋さんは「時代が変わって今、日本とアメリカがいい関係でいてくれるから、私は留学出来たし、こうやってハガキをお返しすることが出来ました。永野さんにこんなに喜んでいただいて、私もとっても嬉しいです」と涙ぐんでいました。

 永野さんはショーンさんご夫婦宛てたお礼の手紙を児嶋さんに託しました。児嶋さんは英語の翻訳して、ショーンさんご夫婦にお届けします。

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 この様子は多くのマスコミが取材=写真=。同日夕、NHKテレビ、関西テレビ、読売テレビが関西エリアで、20日朝はNHKテレビが全国エリアで放映しました。また、朝日、産経、毎日、読売の各紙の同日付朝刊社会面と神戸新聞の阪神・三田ワイド面でも大きな記事で報道されました。

 

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