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山岳スキー部OGが附属総合ミュージアムにレルヘン・ヒュッテの看板などを寄贈。日下晃前学院長の原稿も。

2020/09/03

2019年度から休部中の山岳スキー部は、スキーが好きだった日下晃前学院長とゆかりの深い伝統のクラブです。休部にあたり、部室を整理するため集まった卒業生から、山岳スキー部ゆかりの品々が附属総合ミュージアムに寄贈されました。

 

山岳スキー部は大学が開学した1949年に山岳班として発足。夏山登山やスキー合宿を行い、1951年、日下先生が白馬縦走を呼びかけて部員を募ったのを機に、山岳スキー部になりました。冬の活動拠点となったのが、新潟県妙高高原の「レルヘン・ヒュッテ」です。1965年、OGでつくる鳴松山岳会が中心になって「自分たちの小屋を持とう」と資金を出し合い、初代ヒュッテを建設しました。「レルヘン」は、ドイツ語で「落葉松」の意味で、顧問だった日下先生が命名しました。有志による「レルヘン・クラブ」が管理運営していましたが、豪雪で壊れたため、1983年に学院が2代目の「武庫川学院レルヘン・ヒュッテ」を建て、37年にわたり、クラブやゼミの合宿、卒業生の山荘として活用されました。老朽化により、2020年6月末、惜しまれながら廃止されました。

 

寄贈されたのは初代ヒュッテに掲げられていた手作りの看板やスペアキー、日下先生の手書きの原稿「ヒュッテを愛そう」、「レルヘンのルネサンス」をはじめ、1965年ごろから最近までの写真や書類、2代目ヒュッテの日誌、合宿の報告書、さらに鳴松山岳会の関係書類など70点以上。1951年ごろ、柳行李を背負って白馬岳の険しい斜面を登る貴重な写真も。

 

事務書類には日下先生や部長だった安田武先生の名前が頻繁に登場します。1967年、「レルヘンクラブのおすすめ」は安田先生の手書きで、「卒業生が楽しい週末を家族や旧友と自然に恵まれた山荘で過ごす目的でヒュッテを建てた」などと、初代ヒュッテ設立の趣旨が書かれています。2代目ヒュッテも、時がたつにつれ、雨漏りがする、水が出ないなどトラブルが増えますが、学院のサポートを受けながら維持、管理を続け、大切に使われてきた様子がうかがえます。部員たちの連絡を兼ねた落書き帳にはイラストや伝言がのびのびと描かれ、山を心から楽しむ様子が伝わってきます。

 

初代ヒュッテの前に立つ日下先生(写真)はリラックスした表情です。山岳スキー部OGの大藤栄子さん(家政学部食物学科1962年卒)によると、日下先生はスキーが得意で、冬休みには山岳スキー部と合流してスキーを楽しんだそうです。「赤いスカーフや黄色いスキーウェアをおしゃれに着こなし、一人目立っておられました。ヒュッテでは先生も学生も区別なく、山の話をしたり、手作りの食事を分け合ったり、本当に楽しい時間を過ごしました」、OGで日本山岳会関西支部総務部長、新本政子さん(短大国文科1965年卒)は「妙高の山々は四季折々のトレーニングの場であり、ヒュッテを通して部員は仲間との絆と山への思いを深めました。日下先生といっしょに落葉松林でキノコを探したり、ストーブにまきをくべたり、思い出がいっぱいです」と、懐かしそうに話していました。

 

寄贈された品々は、2代目ヒュッテの看板(写真下)とともに、附属総合ミュージアムで保管し、研究や展示に活用する予定です。

 

 

 

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